私が超サイヤ人になりかけた話

行きつけのカフェがある。

といっても、私の仕事場近くは街の中心に程近く

これが仙台のファックなところであるが、アーケード街はチェーン店で埋め尽くされ

その様は正に、グローバル経済の鎖で雁字搦めにされたかのようだ。

故に私は残念ながら、チェーン店のカフェもどきで最近は休憩を過ごしている。

旨くもないカフェラテを週に5日も飲むのは、

珈琲があって煙草が吸える落ち着いた場所を求めての事だが、

今日は最悪の日だった。


喫煙室に入ると男の二人組とカップルがいて、

私はバランスを取る為に中心を見極めそこに着地。

着地した途端の怪音。

私の左手にはカップルが、右手には男二人。

音は右側から聞こえてくる。

その音はどうやら、男の片方の口から発せられているようだった。

何というか、インダストリアルな音でさしすせそ行を発音する際特有の高音があって

それはどうやらトークトークの合間のブリッジで主に発声されるようだった。

私は、はは〜ん

これはきっと珍しい類のチック症なのだな と思い、

病気なら仕方ない。さて、読書読書と本を取り出し文字を拾い始めた。


しばらくして、気づいたが滑舌が尋常では無い二人の会話は

2m程の距離にいても全く聴き取れず、もごもごとするばかりであった。

そして段々と意味不明の会話が盛り上がってくると、

次第に私の心は読書よりも、その会話の内容に感心が移っていって

私は聞き耳を立てた。

2分程じっくり聞いて、漸く意味が分かった。

彼らは見た目こそ日本人と遜色なかったが、お隣の国の方々だったようだ。

なるほどなるほどと思い、また読書に戻ろうと思ったが

先程から会話の合間に聞こえてくる怪音は、

その頻度を増し、やや不快に感じられるようになってきていた。

私の左上方にはスピーカーが設置されていて、

店では大抵謎のジャズがかかっていて、私は出来るだけそちらに耳を向ける様に努力するのだけども

なかなかにそれも難しく、

左側でバイ・バイ・ブラックバードが聴こえるのに

右側ではインダストリアル怪音が鳴るので私は段々と、

オーネット・コールマンの「フリージャズ」を聴いている心持ちになり

全く持って落ち着かない。

それでも、当人とて出したくて出してる音で無し

私は心に仏壇を一つ拵え、お釈迦様の気持ちで5分過ごした。


5分経過すると、

怪音は最早怪音というレベルを超え、騒音にまで成り果て

ついにはグルーブを獲得するまでになった。

その時点でやっと私は気づいた。

私の右側から鳴る音は、チック症のそれではなく完全なるヒューマンビートボックスであった。

私は頭を抱えた。

左側ではジャズ、右側ではヒューマンビートボックスが聞こえるこの空間に最早安らぎは無く

彼らに静かにする様注意をするべきか考えた。

ではどういったら彼らは納得するのだろう。


左と右で同時に別の音楽が鳴るのは不快なので止めてくれと言えばいいのか、

君たちのBPMは速すぎて気が散ると言えばいいのか

単純に静かにしてくれと言えばいいのか

困った。何故これ程困るのかと言うと、

相手が自分と同じ常識を持ちあわせていない事は明白で、

仮に注意した場合、逆ギレ的な災いが我が身に振りかかる不幸がある可能性もある上に

仮にその様な災いが降りかかった際に、果たして私はそれでも注意した事を後悔しないかと言えば

絶対に後悔するはずで、やっぱり関わりあいになるべきではなかったと思うのはを見るより明らかな訳で

不承不承。私は、鋼鉄の意思をもって心に更に仏壇を建て増し、補強

最早心は仏なぞという生易しいものではなく、

心を鬼にして私はその騒音を無視する事に決めたのである。


それから5分、店内は最早小さなクラブハウスに成り果てていた。

というのもそこのカフェは閉店30分前になると店内BGMを消すのであって

静まる店内の居心地の悪さでもって客の退店を促すという、なんとも嫌らしいカフェなのであるが

左側のジャズが無くなった今、喫煙室には今速い目のBPMが満ちてしまっている。

私は先程であれば、

オーネット・コールマンを引き合いに出して、右側と左側で別々の演奏をする事の不快さを彼らに伝えられたのであるが

現在はその状況にない。

私が彼らを非難出来るのは、最早BPMのみとなってしまった訳で

しかし、流石にもう我慢の限界。

私は、もう少しBPMを遅くして貰う様言うべきだと思った。


それから、先ほどの逆ギレ的災いについて思考を巡らし

煩悶していると、彼らは今度は自前のアイフォーンでYOUTUBE動画と思われる音を流し始めた。

音は、静まり返った喫煙室には不釣り合いな音量で

明らかに誰かのヒューマンビートボックス演奏それと分かり、

演奏自体のレベルも、プロ並なのでプロの動画かもしれなかったが

騒音にはプロもアマも無いのであって、

私の顔面は最早、般若

渋谷の街を歩く際に良く用いた、kill or die の呪詛の言葉も出始め、

段々と喧嘩に明け暮れたあの頃の自分が出現し始めていて

ギターがその場に無いのが残念であったが、

誰が呼んだか、ろくでなしのブルースギタリストとは私の事で、

私が12小説のろくでなしブルースを演奏するのも目前という所だった。


君たち、BPMを遅くしてくれないか

そう言おうと思っていると、

なんたる事か、彼らはプロの演奏に感銘を受けたのか

非常にスローなBPMで、動画の演奏を真似し始めたのである。

音楽を習得する際、遅いテンポから始める

実に理に適っている

私にも経験がある。

が、私が言おうと思っていたBPM云々の指摘は

現在では最早通用しない。

完全に翼の折れたエンジェル気分になった私は、

怒り、憐れみ、恐れ、暴力、韓国、珈琲といった気分を通り過ぎ

段々と菩薩になり始め、

もう暫くの辛抱だと自分を慰め、

冷め切ったカフェラテを啜り、頭に入ってこない文字を

ただただ目で追った。

こんなにも苦いカフェラテがあったなんて

私は今まで知らなかった。