溢れた先の沈殿

行きつけの公園がある。

休憩中、煙草が吸えない場所にいるだけで自由の羽根をもがれる気分故

私は公園に羽根を休めに行く。

いつだったかの雨の日は、勝手に休憩室の傘を拝借し

高い高い木の下の雨で濡れていない場所に座り、一応傘を肩にかけ

雨の公園に溶けこんでいた。

今日は、若干前回よりも雨脚が強く

しかも私は傘を持っていなかった。

しょうがねえなと一応前回と同様の木の下に着地するも

微妙に雨が葉っぱを貫通していて居心地が悪い。

しょうがねえなつって、今度は違う木の下に行き

大した変わりが無い雨の感じに諦め、そこに安定しようと思った。

本を読もうにも、雨で紙が濡れるのは気持ちが悪く

煙草を数本吸ったら諦めて戻ろうかと思っておったところ

視界の沸きに映るのは、ホームレスのおじさんだった。

おじさんとは言うものの、間近で見た事はないので

ぼんやりとここの公園の主として、

あ、今日もいるな という程度の認識をしていたものの

毎度公園に通う事で分かった事もあった。

東西南北に設置されたベンチの上を、陽の昇り具合と共に移動しているらしいという事である。

今日そのおじさんはベンチに傘をかけ、ただそこに鎮座しているかと思ったら

気づいたらどこかに向かい、帰って来る時には傘を持っていた。

何となくこっちに来るなあと思っていたところ、

私に傘を差し向け、

「どうぞこの傘使って下さい」と言って私が、

おお、ありがとうございます!と返事をするとすぐにまたベンチに戻って行った。

私は幾ばくか逡巡したが、

最近の私の哲学である

善行をしたいと思った時は、考えるよりも体を動かせ に習い、

傘の礼を再びして、おじさんに煙草を薦めた。

それから、先ほどの場所に戻るのも何か違うなと思い

おじさんの隣のベンチに腰をかけた。

パンを食べ、珈琲を飲み本を読むも

食べ終わるとおじさんが気になり視線をそちらに向けたところ

雨が強くなってきましたね と言うが、

若干聞き取りづらいので、私は思い切っておじさんのすぐ近くに行き

腰をおろした。

おじさんは、喋り相手が少ないのか

色々な事を話した。


思い出すと、私は一度だけ全くの他人に傘をあげた事があった。

家に着く間際に雨が降る中、傘も無く私とすれ違う女子高生は

急ぎ足で駅の方に向かっているようで

何だか家がすぐそこなのに私が傘を差し、その娘が雨に打たれるのはフェアじゃない気がして

自分の家はすぐそこだから良かったらこの傘使ってねと差し出した事があって

その娘は非常に驚いていたが、いいからいいからと傘を押し付け

私は気分良く家に帰ったのである。


おじさんがくれた傘はボロボロだった。

きっとあの時の傘が、巡り巡って私に返って来たのだなと思い

疲れた心はぴかぴかになって、私は仕事に戻ったのであった。