人間万事塞翁がダンスインザダーク

行きつけの公園がある。

休憩時分、煙草を吸う場所を探し求め結句公園という安住の地に行き着いた私は

休憩の度にセブンでアニメ声の女子店員にホットコーヒーのL一つと声をかけ

それを持ってパークにパーキングしに馳せ参じていた。

初期の頃は、熱々の珈琲に蓋をするという発想も無く

珈琲これ青天井といった塩梅で、コーナリングには細心の注意を払い

気分はもう豆腐屋のせがれ といった感じで私は日々を過ごしていた。


ある日、ふと蓋をつけたらコーナリングの面でも保温の面でも優れているのではないか?と気付き実践。

いつものようにカップを所定の位置にセットし、

明滅する 「おいしいコーヒーが出来上がりました」の文字を確認。

蓋をそのままつけようとしたところ、

糞忌々しい残尿。

ぽた、ぽた と変拍子の如くに不規則なリズムでもって溢れたるは手の甲。

あっつ!

コンビニエンスストアに響く私の声は大きく

これも日頃の腹式呼吸のせいかと自身を恨んだ。


それからは平穏な日々を重ね、公園といっても

ブランコとトイレといくつかのベンチしか無い寂しいもので

また園内に植樹された木々は高く葉も茂り基本的には陰な雰囲気で満たされていて

子供達がわいわいやる事も無く、住人と呼べるのはホームレスくらいである。


しかし、毎日の様に入れ替わり人が来るのだろうか

ある時は警備員を配置し木をぐるりと柵で囲んだうえ、大きな働くクルマを使用しての大剪定。

センテーショナルな剪定やな と一人駄洒落を言い、

ある時は女子が4人程不自然に園内の中心にいるなと思ったら

あえいうえおあお式の発声練習をし始め、

何が始まるんやと思って伺っていると完全にコーラスグループで、

4声でもって相川七瀬「夢見る少女じゃいられない」を繰り返し、

元々はゴスペラースあたりのコピーなのだろうか

イントロど頭、C♯mからAにいくところが

C♯の娘の声量が足りないのだろうか

どう聞いてもEからAに進行している様にしか聞こえず、

なんだか微妙にハッピーな曲調になっているが大丈夫だろうか?と心配になり、

そしてついこの間は、

今から3年か4年程前に水戸の芸術祭で出会った

お茶を飲ませ、集まった市民に焼き物に色をつけさせるという事をしている

ドラッグ・クイーンのなりをした長身の喋り方が非常に火野正平に似ているおじさんが

正に私の目の前にぽんと現れたのであって、

うわー と思った。

その事を彼女に伝えたところ、

じんじん氏とはレジデンスで一夜を語り合った仲であって、

近辺でまた同様の催しがあるならば会いたいと言う。


そんな事があった故に、私はアートは好きだがアート臭いものは嫌いだという己に鞭打って

自転車がバーストしたのを自転車屋に持って行き見せたところ、

タイヤは大丈夫そうだが、チューブは交換である。40分位したら電話するから取りに来いというので

その空白の40分を、ギャラリーが併設されたアート臭いカフェーに充てる事にしたのであった。

というのも、アート臭いカフェーには必ずアートのフライヤーが置いてあるのであって

じんじん氏の情報が何かしら得られるのでは無いか?と踏んだからである。


ドアー越しに見るに女子が一人ただおって、開店しているかどうかも定かではなし

恐る恐る「やってますかー」と問うにはやっていると言う。

まあ入ったら何とかなるだろうという、いつも通りの後の祭り気質を発揮

着席し流れる音楽に耳を傾けると

ベルベット・アンダーグラウンドの「ローデッド」が流れている。

うわっと思った時には、時既に遅し。

私はギンギンにOASISのTシャツを着ていた。

ここで店員にOASISのTシャツがバレると後々、精神的優位に立たれてしまうと思った私は

気付かれない様に外套の前のボタンをかけTシャツに蓋をして

店員にホットコーヒーを注文。

店員さんは、何でこの人来たんだろう?的な不安さを覗かせながらも

無言で珈琲を淹れ始めた。

そして着席してから気づいたが、

店員さんの定位置に対して私が座った場所は正面も正面、真正面と言ってよく

しかしながらカウンター席でも無いので語り合う感じでも無く

しかも軽い気持ちで入店してしまったせいで持ち合わせの本も無いのであって

これは大変に困った状況になったと思った。

カフェの大きさは、8〜9畳程度で客は自分一人。

何だか全然知らない女子の家に迷い込んだ感じがあって、

私はとりあえず手持ち無沙汰を解消する為にフライヤーが置いてある一面に向かい席を立った。

フライヤーの中に、じんじん氏関係の物は無く

しょうがねえなつって、とりあえず知り合いが関係している物を見つけたので手に取って

他にも長丁場を耐えるだけの活字を求めて、

ダンサー求む系のもの、山形ドキュメンタリー映画祭のものを手に取りしていると

珈琲がテーブルに運ばれた。

ここがタイミングか と意を決した私は、

人のライブに司会で呼ばれる男

バンドの持ち時間40分のうち20分MCする男

曲の不出来をMCで帳消しにする男 といった実績はどこへやら

「あのー、2日くらい前のー、話なんですけどー」

「なんっつうかー、ドラッグ・クイーンの格好した人がー」

と完全にしどろもどろであって、

説明をし終わって店員は、

「はー」「んー」 「知らないですねー」といった感じで

僕は、私は終わったと思った。

ベルベット・アンダーグラウンドのスイートジェーンという曲も終わった。

気まずい沈黙。

しかも次に流れた曲は「ホワイトライト/ホワイトヒート」

かかっていたのは、アルバム「ローデッド」ですら無かったのである。

すると次第に、

心は、何て気まずいカフェーなんだという怒りと

ベスト盤なんかかけやがってにわか野郎がという怒りと

こら40分もここにいるのは無理やなという悲しみで溢れ、

私は自分の殻にこもりフライヤーに目を通し珈琲を飲んだ。

おいしかった。


しかし、フライヤーは期待していた程の文字数も無く、

両面印刷だろうと思ったら片面印刷だったり

ドキュメンタリーの解説は、全ての文に対して英語の翻訳もあって

想像よりもずっと読み応えが無く、私の心はもうボロボロ。

逃げる様に私はそのカフェーを後にした。

自転車屋からの連絡は無いままに、15分程は消費出来ただろうか

しょうがねえつって、広瀬川と正対し

煙草に火を付け、見ることも無くドキュメンタリー映画祭のフライヤーに目を通し

ただただ、カフェーに敗れたその敗北感で心は一杯になり

ようやく電話が鳴って話したところ、

タイヤの方まで痛みが来ているのだけどもしかし、タイヤの在庫は無し。

よって、来週頭くらいには出来るからよろしくと言われ、

自転車屋にも敗北。

肉体の静けさとは裏腹に私の心は振り回され、

私はもそっと、

ジム・ジャームッシュと呟き、とぼとぼと家路についたのでした。