進化と変化について今一度考える

整形したのに不細工になった

これは進化を目指し変化した結果、実際は退化していたという悲しい事件ですが、

世の中殊更こういった事が多い。

停滞する勇気 今しがたそれを考える必要がある。


友達に髪を切ってもらうと、最終的には短髪。

これも一つの真理であり、向上心というのは一つの誘惑だと切り捨てる事も可能である。

例えば、もはや恒例と言ってもいいくらいに

深夜の人気番組がゴールデン移行に伴い爆死する。

これは本来、良い加減で力が抜けているのが良かったのが無駄に頑張ってしまい本来の魅力を失うという一つの定型といえる。

ワンピースの書き込みが回を重ねる毎に多くなって、パッと見訳が分からないというのもこれに当たる。


継続は力なり

これは間違っていない。

しかし、継続する為の推進力が変化や進化にあると思うのは大きな間違いであって

継続とは現時点での結果というだけに過ぎないと理解せねばならない。

楽しいから続いた、良いから続いた

ただそれだけの事であるのに、継続が目的になってしまうと途端に推進力を失う。



お母さんのカレーが世界で一番うまい

何故か?

私たちは一人暮らしを始めるとその自由さに圧倒される。

カレーを作る時も、タモリカレーの作り方を試したりチョコだリンゴだヨーグルトだと趣向を凝らす。

忙しい母さんは、そんな事をしない。

ただ作り方通りに、時には手抜きをしてカレーを作る。

結局、それが一番うまい。


今年私の中で、一気に評価を下げた女優がいる。

新垣結衣である。

何故か?

24時間テレビでダーツの旅があって、初対面の若い子にタメ口を使っていたからである。

本来、根暗なジメッとした娘であろうに

本人が無理して気さくに振舞っていたのか、素の彼女がああなのか

それは私には分からない。


「あ、久保田さーん」とチャラは言う。

車に新機能が付いて、衝突しそうになると勝手に車が止まるようだ。

思いっきり脇見運転やんけ

それはどうでもいい。

バックの唄が「チンポチンポ」聞こえるのは気のせいか。

それもどうでもいい。

本当にやばい時に助けてくれるのは助かるが、人はそれに甘えないだろうか。

どうせ勝手に止まるんだからと、安全を軽視する人は出てこないだろうか。

衝突するその時、偶然その機能が壊れていた場合

事故の責任は誰にあるのだろうか。運転手は自分の非を棚に上げ、機器の故障が悪いと言わないだろうか。


知の探求は止まらないし、人は変化を好む。

だからこそ、停滞する事の価値もある。

山で遭難した場合、そこに留まる事が最も安全だったりする。



そんな言い訳を考えながら、

今日は何の工夫も無いシチューを作りました。