何故グースハウスが嫌いなのか

グースハウスが大嫌いなのは何故だろうと考えていたところ

メイJ、JUJU、2000年代のパンクバンド、歌い手

全部大嫌いだという事に何かしらの因果がある様な気がしてきて

それは私がマイルスデイヴィスの音楽に惹かれるという事と同義だということに気付いたっつうのは、

菊池成孔大谷能生の著作を数冊読み込むうちに

リズムの訛りについての記述に非常に共感を覚えたからで

つまり訛りというのは、複数秩序を単一の秩序に収める際のバグであり齟齬であるとの記述なのだけども

これはそのまま芸術家のアイデンティティーに直結する問題であり

そもそもバンドというものの面白さは正にそれで

バンドメンバー全員がラモーンズ大好きです みたいな事では化学反応は望めないもので

実際問題、ある一人の音楽家に心酔していますみたいな人の音楽は大概詰まらないものになりがちで

しかしながら自分の過去の全てを1つの楽曲として結実させるというのは大変な困難なもので

だからこそ遣り甲斐もあり、そのブレンド具合によってオリジナリティというものが表出するのだと私は思うのだけども

グースハウス てめえはダメだ

というのは、創作の苦悩をすっ飛ばし音楽の楽しいところだけを味わうなんつうのは

ライブもしてないのに打ち上げをやる みたいなもので、

そんなものはただの飲み会である。

人様にお見せするものでは無いのである。


そんな事を最近は考えていた