オズの魔法使い(若干のネタバレ)

傑作中の傑作、日本映画の金字塔、世界一の映画

と肩書が重すぎて肩こるわ という映画「東京物語」をようやっと観た。

良かったと思えた事が良かったし、凄いと言われているその片鱗を少しだけでも理解出来たのが良かったっつうのは、

8と2分の1。

高校生当時、フェデリコ・フェリーニ今風に言うとフェデコのそれを鑑賞した私は

二回観て、二回とも寝てあって非常に悔しい思いをしたからで

実はここだけの話、市民ケーンも大して理解出来ていない。パンフォーカス。

が、が、が、

フェデコの「道」には大変に感動したものであったし

ゴダール気狂いピエロ」は実に新鮮で凄いと思ったのは本当で、

それから大分と時を経て私も、人間力をあげ

今では野犬に追われるなんてな事も無く、うんこを踏む事も無い。

小津と言えばローアングルなんてな事で、

これが実に良く出来てあって

つうのも日本。

欧米の方では、家でも靴を履く民族だもんで彼奴らは基本地面から離れて生活するってのがあって、

故に椅子だ、スツールだなんて言って視線が常に高い。

逆に我が国では土禁だなんつって、座布団にちゃぶ台つって

視線が基本低い。故にローアングル。

私の様な鼻の下カブレラ、欧米にかぶれた人間には実に新鮮な視点で

少しだけ画面に酔った。酔いどれた。

画面が常に復数のレイヤーを持つってのも、

ふすま、ふすまの日本家屋的な画面構成で

それが密室劇の圧迫感と緊張感を生んであり、画面が常に美しくきまっている。


脚本、物語の方も実にレイヤー的で

変化と停滞、東京と尾道、家族と他人、父と母、生と死、親と子、本音と建前、

実に様々な二律背反がそこここに配置され、

表面上はゆるりと時間は過ぎるのだけども、

ばあちゃんが優しくて、

映画の冒頭で空気枕があーだこーだと言い合うじじいとばばあは、

私には「レザボア・ドッグス」の冒頭の様にスリリングに映り、

しかもその1シーンで二人の関係性、人間性も良く分かる様になってあり良い。

無駄な説明も無く、どんどんぐいぐいと話が進むテンポも良く

その癖、表面上の動きを魅せるだけで内心ではどう思っているかも想像させるそのやり口。


私が一番印象に残っているのは、

せっかく東京に行ったのに、結局熱海に行く事になった後で

「ばあさんそろそろ帰りたいんじゃないかね」

「いやいや、おじいさんこそ帰りたいんじゃないかい」

「んー、じゃあそろそろ帰りますか」「そうしますか」何てなやり取りで

これが実に奥ゆかしい。

子供達の善意で来てしまった手前、詰まらないから帰るとは言えない二人がそこにあり

おじいさんがばあさんを気遣ってという体を装い、ばあさんも気遣いを見せ

根底にある二人の優しさと人の良さが出た素敵な場面であった。

実に良い映画であった。