声と叫びから読み解く一つの物差し

声を大きくしていくとあるポイントを超えると大声になり、あるポイントを境に叫びになる。

叫びというものは、つまり緊急事態発令であり

メーデーメーデーと言っているに等しい。

犬、馬を始め動物は生命に危機が訪れると甲高い叫び声をあげる。

甲高い

音の高さこそが叫びにとって重要なポイントなのではないか、私はそう考えた。

野生動物の威嚇は、非情に低い音で行われる。

ライオンや、犬が威嚇する際は喉を鳴らし重低音を響かせる。

ウーハー、ウーハーと言っているに等しい。

これは叫びとは違う効果を狙っているのだと分かる。


つまり、ある一定の高さと音量を超えた時それは叫びとして私達の耳に届く。

このポイントをスクリームポイントとするなれば、

これの高低が女優の品質を左右するという見方が出来る。


叫びを聞いた時私たちは、不安な気持ちになり緊張感を覚える。

甲高い叫び声というのは、自分の危機を知らせると共に仲間に危険があるのを教える効果があり

逆に言えば緊迫した場面以外での叫びは不快感につながる。



賀来千香子

という女優がいる。

彼女の非情にメタリックな声は、ソリッドで切れ味が良い。

しかし日常的なシーンですら少し大きな声を出しただけで叫びとなるので、聞いていると疲れる。

スクリームポイントが低い為である。

結局、終始金切り声を上げ続ける彼女を私たちはヒステリック・グラマーと認識し、糞ばばあの烙印を押す。


高田明

という社長がいる。

彼の非情にハイトーンなボイスは、ふくよかな中音域が特徴で温かみのあるその音は真空管アンプに例えられる。

叫びではないものの、日常でもないそのギリギリの音は

我々の深層心理下の不安感、焦燥感、寂寥感を煽り

結果、買ってしまう。

金利はゼロだ。


大声を出した時に叫びにならないというのは、特に舞台で重要な才能であるが

テレビや映画等も声が作品の一部であり、声の良さというものは再認識する必要がある。

菅野美穂の大声は金切り声にならずに爽快感さえ感じられるが、これが彼女の人気を裏付けているはずだし

東京03 角田の大声は、泥臭いロックンロールである。

勇者ヨシヒコでの木南晴夏の大声は、高いが細い音なので湧き水の様な澄んだ響きを感じさせる。

若手の漫才が詰まらないのは、ネタが悪いのではなくツッコミの声が聞くに耐えないからであり

ローラが面白いのは、安定した音を奏でているからこそである。


低い声はダンディーだと言われるが、これは練習で獲得出来るスキルである。

歌手が音域を広げるのと同じだ。

私の声は野村萬斎と良く比較される程のダンディーだけれど、男子の諸君は日常的に低い声で話す様にすると良いと思います。